南伊プーリア州旅行記⑦『悲しい歴史を抱えた最東端の街オトラント(Otranto)、宇多田ヒカルさん挙式した街へ』

南イタリア旅行、7日目。

最後に一泊したのは、アドリア海に面したイタリア最東端の街、オトラント(Otranto)です。

イタリア半島のかかと部分、ブーツでいえばヒールが地面につく部分
古代ローマ時代から東方の国への起点、玄関口として栄えてきたそうです。

まずはホテルにチェックイン

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こぎれいで、テーマが「海」なのかな?
館内や部屋にまで関連モチーフのデザインが施されていて、素敵でした。

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Corte di Nettino
Via Madonna del Passo
73028 Otranto (Lecce) ITA
Phone +39 0836.801832

街のビーチに出ようとホテルの方に行き方を聞いたところ、
「近場もいいけど、車で少し走ったところに超おススメのビーチがあるのよ!」という事で、早速行ってみました。

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けっこう夕方に近い時間だったので、パラソル代を半額にしてもらいまして♪

ここもまた、どこまでもどこまでもずっと遠浅で美しいビーチでした
さすが地元の方おススメなだけある。

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海の家のスタッフさんも、基本イタリア語でしたので
海外からの観光客向けというより、国内仕様?
ビーチの特設ステージでもかなり盛り上がってました

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海でたっぷり遊んだあとは・・・
ホテルに戻り、寝る直前までの準備を済ませまして
この日の夕ご飯は、オトラントの旧市街にあるレストランへ行ってみました。

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実は狙っていたレストランは、予約客で一杯・・・
ということで、偶然なんとなくで入ってみた店、屋上?テラスが広くて(写真上)子連れにすごく優しかったのです。

細く奥まった旧市街の道からは、ちょっとわかりにくいのですが(写真下矢印)
入口へ向かって、何組ものお客さんが入っていったので「これは間違いなさそう」と

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そして、間違いありませんでした

「ガリポリ産甘エビ」
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味は甘エビなんですけど、より大きくて食感が良いような?
これは本当においしかった!!

「前菜盛り合わせ」
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しつこいようですが、プーリアのレストランでオーダーする「前菜盛り合わせ」、
品数多くてどれもおいしくって、最高です。

もちもちパスタも

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ウニクリームと、シーフードのショートパスタでお腹いっぱい。
ホテルへ帰り即寝です。


さて、翌日は旧市街にある古城へ行ってみました。

オトラント城(Castello Aragonese di Otranto)

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実はこのオトラント、過去に(15世紀末)オスマントルコ軍によって侵攻、約1年以上にわたって占領され、
イスラム教への改宗を拒んだ聖職者や市民が虐殺されたという悲しい歴史もあるそうです。

オスマントルコの撤退後に、このお城は小さかった砦を増強するかたちでつくられ
当時発達していた大型の大砲による攻撃からの防御にも備えた造りになっているのだとか。
このお城をイメージして書かれた小説も有名なんですって。

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現在は、兼美術館となっていました。
早速中へ

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エントランス入るとすぐに中庭が。
大砲を模した丸い玉が沢山転がっていて、子供たちはそれだけで盛り上がってくれました。

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城内の部屋は、美術館と展示室とになっていて余すことなく利用されています。

美術館には南イタリア・サレント地方の歴史や地理を描いた絵画が沢山あって、これがまたすごく興味深い。
前日に訪れたレッチェで見てきた広場も、当時の姿を見るが出来ました。

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(レッチェの大聖堂)

また、ちょうど行われていた写真展も、色々と考えさせられる面白い展示でした。

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「どうせやるなら・・・」
戦時中の生々しい写真を利用しつつ、ユーモアを交えたアート作品。
この写真が現実であることを考えると決して笑えないけど、平和の尊さを身に沁みて思いました。

城の屋上です。

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アドリア海を一望できる素晴らしい眺めが広がっていました。
この強固な城が建てられるきっかけとなったのは、先にお話した悲しい歴史ではありましたが
その後は、同軍の2度の侵攻を阻止することが出来たそうです!


壁に囲まれたオトラント旧市街は歩いて回れる大きさなので、
そんな悲しい歴史を想いながらものんびり観光することが出来ました。

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白壁と石畳に反射する太陽の光がまぶしい。暑い!!
長女に催促されるがままジェラートをほおばり、水がぶのみしながら。

陶器やさん、雑貨やさん、地元のパスタやオリーブオイル、ファブリック、石鹸やさんなど
見ているだけで楽しくなります。

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好みのものが多すぎる

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そして安い。
レストランも安いけど、土産物も安い。

旧市街のビーチもまた目がくらむような美しさでした。

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素人のカメラで撮ってもポストカードにできそうなこの風景
この日が旅行の最終日でしたので、久々に夫婦二人並んでの写真も撮ってみたり。

さて、最後の食事(ランチ)はどこで食べようかね~なんてウロウロしていると
急に空模様が怪しくなってきまして、なんと雷雨

慌てて入ったお店でしたが、ここも◎

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前菜盛り合わせ(1枚目)も見た目よりずっと美味しく、
地元のショートパスタ「オレキエッテ」のシーフードソースに
微発泡の辛口白が、よく合って外の雨なんて気にならないくらいのテンションを保つ事が出来ました。

雷雨も去って、再び快晴

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レストラン隣の公園でしばしご満悦いただきまして
次に向かったのは、
オトラント大聖堂(Cattedrale di Otranto)

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外観はとてもシンプル。
11世紀後半に建てられたというこの大聖堂、
床に描かれたものとしてはヨーロッパ最大のモザイク画があることでも知られているそうです。

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地下の礼拝堂には、全て産地やデザインの異なる42本の石柱があります。
当時オトラントには、ヨーロッパ中から集まった若者が学ぶ修道院があり、
これらの石柱は当時その修道院にあったそうです。
故郷を懐かしみながら学問に打ち込む彼らの心の拠り所であったのだとか

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祭壇には、おびただしい数の骸骨が。
先に述べたオスマントルコによる占領時、イスラム教への改宗を拒み処刑された市民らの骨なんだそうです。

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その数500人以上、さすがに息をのむ光景といいますか
当時これだけの数の生身の人間が犠牲にならざるをえなかった残酷な歴史を目の当たりにしたような気持ちでした。

オトラントを後にして、空港へ向かう途中
ミーハーな私達夫婦は、宇多田ヒカルさんが挙式を挙げた教会に立ち寄ってみました。

アドリア海の断崖絶壁に建つ美しい街、
ポリニャーノ・ア・マーレ(Polignano a Mare)

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この海は、ヨーロッパの厳しい検査機関の基準をクリアしている美しい海なのだとか。
南イタリアの方々には人気のプチリゾートなんですって。

そしてこちらが、宇多田ヒカルさんが挙式した「サンタ・マリア・アッスンタ教会」
7世紀に建てられた古く由緒ある教会だそうです。

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この日も結婚式が挙げられていました

そしてこの後はレンタカーをかっ飛ばして空港へ、到着したロンドンは8月中旬にしてすでに肌寒かったと・・・


以上、一気に書き上げた旅行最終日記録
拙い自己満日記を最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

プーリア州・サレント地方、南イタリアの観光地としてはメジャーとは言えない地域でしたが、
海が本当に綺麗で、料理もワインも美味しく、予想していた以上に満足度の高い旅行となりました。

◇サレント地方旅行記①『世界遺産アルベルベッロ トゥルッリに泊まる』
◇サレント地方旅行記②『アルベルベッロ トゥルッリ散策』
◇サレント地方旅行記③『オストゥーニの荘園ホテル』
◇サレント地方旅行記④『イタリアの最も美しい街に選ばれた「チステルニーノ」』
◇サレント地方旅行記⑤『美しいビーチ「トッレラピッロ(Torre Lapillo)」、漁師街「ガッリーポリ(Gallipoli)」』
◇サレント地方旅行記⑥『南イタリアのフィレンツェ「レッチェ(Lecce)」、トロフィエが旨い店。』


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